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Jul 2nd, 2017

ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)

オーストリアを代表する画家グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)の全長34メートルにわたる壁画、ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)の実物を見るために、ウィーンはセセッション(Secession)までやってきた。

セセッション(Secession)

ベートーヴェン・フリーズは交響曲九番をテーマにした作品。1902年のウィーン分離派会員達によるベートーヴェンに捧げる展覧会の目玉だった。

1903年には一度壁から引き剥がされたものの、1986年に再びセセッションへと戻されて以来、この作品のためだけに設けられた専用の展示室で常設展示されている。8月に訪れても、ひんやりと涼しい部屋だった。

いつか行ってみたいと憧れていた場所で、思い描いていたようにベートーヴェン・フリーズに囲まれて、不思議な気分だった。壁画は観ると言うより囲まれるという表現があっていた。

しかし、鑑賞しているうちにこれは特別なものではないと思い始める。クリムト作品は豪華に金箔を多用したことや、作品の強い官能性を取り立てられることが多いが、実際は、空間の中で自然に存在している絵画だと感じた。異質なものではなく、太古の昔からピラミッドにあるエジプト壁画のような、その場所に馴染んでいるものだ。取り外しと修復など紆余曲折を経たために彩度が落ちて、ベートーヴェン・フリーズもまた、その場所で風化してきたせいかもしれない。

ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)のポストカード

何よりも、特集番組や画集では紹介されない作品の余白が、壁画をより独創的で崇高なものにしている気がした。展覧会当時は部屋の中央に像があったため、壁画の左右の壁には大きな白い余白がある。かつては、像とベートーヴェン・フリーズで一つの空間を創り上げていたのだ。この余白のことを記憶に残したかったので、壁画の構成を再現した細長い紙を折りたたんだポストカードを買って、友人にも送ることにした。

壁画を見上げる形で鑑賞していても、筆跡が見て取れる。クリムトの画家としての制作を追っている気分になると、より官能性のことを忘れ、ただただ一つの芸術作品をみていた。

左側の壁から始まる作品のストーリーが伝えるメッセージも意外なものだった。

ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)左側面(Left wall)

左側の壁面は、「我々人類の幸福への憧れ(Yearning for Happiness)」。

浮遊する精霊たち(Floating Genii)に始まり、苦しむ人類(Suffering Humanity)を代表して立ち上がる輝く鎧で完全武装した勇者(Knight in Shining Amor)を支えるのは、なんと功名心(Ambition)と同情(Compassion)だ。

そして、展示室に入って正面の一番最初に目にはいる奥の壁、「敵対する勢力(Hostile Forces)」のテーマが最も興味深かった。

ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)正面(Center wall)

淫欲(Lasciviousness)、不貞(Wantonness)、不節制(intemperance)、そして我々の心を蝕む悲しみ(Gnawing Grief)の上で、人類の幸福に対する憧れをあらわす精霊が顔を出している!つまり人類の幸福に対する憧れは、あらゆる不幸や悲しみを超えることができるというのだ。

右側の壁は、第九の終盤「このキスを全世界へ(The Kiss to the Whole World)」。「詩(Poetry)」の中に、その慰めを見いだすことができるとクリムトは言ったそうだ。

ベートーヴェン・フリーズ(Beethoven Frieze)右側面(Right wall)

発表当時はこの作品の官能的な表現ついても卑猥だとする批評が高まった。しかし、その議論こそセセッションが掲げる「時代にはその時代にふさわしい芸術を、芸術には芸術にふさわしい自由を」というモットーをクリムトが体現していた証拠ともいえる。

ベートーヴェン・フリーズの図録(Beethoven Frieze - Catalog)

私自身は壁画を前にすることで、クリムトがこんなに美しいメッセージを作品に込めていたことに気づかされた。意地悪な見方をすると、シンプルなメッセージはナイーブにも感じられて、意外だった。それにしても、クリムトの創造は決して金箔に官能、死といったテーマだけではないのだ。心を蝕む悲しみも乗り越えられるとクリムトが描いたことを、後になっても思い出すために、細長いポストカードを自室にも飾っている。

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